車田先生の日々是世界史 第20回「イスラーム教の成立」
みなさん,いかがお過ごしでしょうか?いよいよ暑くなって私は少々バテ気味です。
今回は「イスラーム教の成立」について綴っていきます。
「イスラーム教」は,3大世界宗教の中では最も遅く成立した宗教で,610年頃にメッカで「ムハンマド(マホメット)」が「アッラー」の啓示を「メッカ」で受けたことで創始されました。
6世紀以降,ビザンツ帝国(東ローマ帝国)とササン朝ペルシアがメソポタミア地方を巡って激しい抗争を展開していたため,メソポタミア経由の地中海とインド洋を結ぶ交易路が危険な状態となってアラビア半島経由の交易路が活発となりました。
その結果,「メッカ」や「ヤスリブ(メディナ)」などが中継貿易で商業都市として繁栄しました。しかし,その一方従来遊牧民族であった「アラブ人」の間で貧富の差が拡大し,相互扶助によって成り立っていた部族社会の伝統が崩壊していきました。
特に「メッカ」は,「アラブ人」の宗教の中心であり,古くから多神教のシンボルとして「カーバ神殿」が崇拝されていました。この「メッカ」を支配していた商業貴族が「クライシュ族」です。「ムハンマド」も「クライシュ族」のハーシム家出身で,幼少時に両親を亡くしたために叔父夫婦に育てられました。
隊商貿易で商売をしながら叔父の家計を助ける一方で,ユダヤ教・キリスト教の影響を受けると40歳頃メッカの道徳退廃に嘆いて瞑想していたところ「アッラー」の啓示を受けたとされています。妻ハディージャが最初の信者となり以後20年余り布教活動を行いました。
「メッカ」でアッラーの使徒として活動開始しましたが,迫害を受けたために信者を引き連れて622年に「メディナ」移住しています。この年をイスラームでは「ヒジュラ(聖遷)」と呼んでいて「イスラーム暦の元年」としています。「イスラーム暦(ヒジュラ暦)」は,西暦622年7月16日を紀元元年1月1日としていて1年354日とする太陰暦です。閏月も設定しません。
さて,「メディナ」に移住した後ですが,「ムハンマド」は「ムスリム(イスラーム教徒のこと)」の共同体である「ウンマ」を組織して徹底して「アッラー」の教えを浸透させました。
「イスラーム教」では,アッラーの像を作ることを禁止し(偶像崇拝の禁止),たとえ「ムハンマド」といえども崇拝することは禁じられています。
これは,「アッラー」の前では「ムスリム」は平等であるという事が大前提であるため,「イスラーム教」では宗教的特権階級(聖職者階級)が存在しません。また,「六信五行」という「ムスリム」の信じるべきもの・行う義務があります。
「六信」とは,「アッラー」・「啓典」・「預言者」・「天使」・「来世」・「天命」を信じることで,「アッラー」を唯一絶対神とし万物の創造者としています。
「啓典」は,『コーラン(クルアーン)』で直訳すると「読むべきもの」という意味で,神が大天使ジブリール(ガブリエル)によって「ムハンマド」に伝えられたものとされていて,アラビア語で記述されたもの以外は『コーラン』とは認めません。
『コーラン』は,最も純粋に神の言葉を示したものでイスラーム世界では暗誦することが基本です。その他のモーセの『律法書(十戒)』,ダヴィデの『詩篇』,イエスの『福音書』は,人為的改変があるとみなしています。
つまりユダヤ教やキリスト教は,「啓典」を持ってはいるが神の言葉を正確に伝えておらず,誤った解釈をしているとみなしています。
モーセ・ダヴィデ・イエス・「ムハンマド」を「預言者」としており,「ムハンマド」を歴史上最大にして最後の預言者としています。
「天使」は,「アッラー」のいる天上界と地上界の両界を行き来ができ,アッラーの言葉などを伝える存在です。「来世」は,最後の審判の日に生前の善行・悪行の多寡によって天国・地獄が決定することです。「天命」は,人間の様々な行為はすべてアッラーが創造したもので,神の意志は人間の意志・行為を通じて現れると考えることです。
次に「五行」とは,「ムスリム」が行う義務のことで「信仰告白(シャハーダ)」・「礼拝(サラート)」・「喜捨(ザカート)」・「断食(サウム)」・「巡礼(ハッジ)」のことです。
「信仰告白」は,「アッラーの他に神なし。ムハンマドはその使徒なり」と言葉に発して証言する義務です。
「礼拝」は,1日5回(日の出前・昼・日没前・日没後・夜),1回約20分,「メッカのカーバ聖殿」の方角に向かって礼拝の時間となった場所で行います。
さらに,グレゴリウス暦(西暦)の金曜日にあたる日が「ムスリム」にとっては安息日,つまり日曜日にあたるので,金曜日の正午には最寄りのモスク(イスラーム寺院のこと)で集団礼拝をしなければなりません。
なかなか日本では,お目にかかる機会が少ないですが,最近は礼拝する場所を設ける空港が増えていますよ!これもインバウンドによる観光客増加の影響ですね。ちなみに私はある国を訪れた際にたまたま集団礼拝日だったために,イスラームの礼拝に参加したことがあります。
「喜捨」は,年に一度貧しい人々に一定額の施しを必ず行う義務です。一種の財産税みたいなものです。
「断食」は,イスラーム暦の第9月(この月をラマダーンと呼びます)の1カ月間,飲食を断つことです。とはいっても,1カ月も全く飲まず食わずということではありません。そんなことをしたら,死んじゃいます💦断食するのは日中だけです。
なぜこんなことを義務としているのでしょうか?それは,「イスラーム教」の大前提である「アッラーの前ではムスリムは平等」という教えが深く関わっていて,人間の煩悩を抑えるとともに,貧しい人たちの心境を体験することを大切にしているからです。
「巡礼」は,一生に一度は「メッカのカーバ聖殿」にイスラーム暦第12月に巡礼する義務のことです。「イスラーム教」がアラビア半島以外に拡大するにつれて,巡礼するのが望ましいとされました。こうした儀式に集団で参加する事によって民族や貧富の差を超えた同胞(仲間)であることを悟ることができるとしています。
ちょっと長くなってしまったので,今回はここまで。
メディアで流れる自爆テロなどの映像を見て「イスラーム教」って危険な宗教なんじゃないかとイメージしている人々が,世界ではかなりいると思われます。教義を理解していくとかなり平等主義の面が強いのです。メディアやSNSで流れている情報だけに頼らず,本や実際に現地に出向いて自分の目で確かめることも必要なことです。
次回は,ムハンマドの死後に「イスラーム世界」がどう発展したのかを綴りたいと思います。
この記事を書いた人:車田恭一
30年以上にわたり教壇に立ち、都内私立高校、河合塾、Z会東大マスター、東進ハイスクール、早稲田塾、早稲田ゼミナールなど大手予備校で世界史を担当。当塾のブログで、タイムリーな話題と歴史的な出来事を絡めて綴った「車田先生の日々是世界史」を執筆中。